旧正月にあたる1月26日に「月島ロック」がオープンいたしました。
ことの起こりはバブル全盛、四半世紀前の六本木から。
当時、私はコックをしていました。
金余りの80年代。
いわゆる「3K」というカテゴリーにおいて慢性的に人手不足であったということを、
みなさんは憶えていらっしゃるでしょうか?
私が働いていた厨房も例外ではなく、開店から閉店まで息つく暇もありませんでした。
あの頃、週休一日だったということをみなさんは憶えていらっしゃるでしょうか?
それは長く感じたものです、木曜の夜も、金曜の夜も、土曜の夜も。
私が働いていた店に、その若者はウエイターとして入ってきました。
私は米軍の勧誘官のように声をかけたのです「厨房に入って手に職をつけないか?」
ウエイターをあきらめさせ、厨房に入ることに同意してくれた時はうれしかったですね。
彼とは賄いと称して度々ラーメンを作りました。
おいしい店があると聞けば食べに行きました。
それなのに、私はその店を辞め音信は途絶えてしまいました。
あの頃は携帯なんてありませんでしたし、アドレスといえば住所のことでした。
彼の名は嶋崎順一。
今、ラーメン業界ではとても有名です。
一昨年久しぶりに再会し、久しぶりに一緒に仕事をしました。
足かけ一年「月島ロック」というラーメンを作りました。
そしてうちのカフェで、夜の1時間だけそのラーメンを提供しました。
そしてこの度、いつでも食べられるようにと「月島ロック」というお店をつくりました。
甚だ不躾ではございますが、ご案内させていただきました。
しかも長々と。
西秀一郎
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